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活动报告

陈献老师转职壮行会

 [日期]  2004年8月
 [地点]  东京涩谷
 [报告]  

在日科大校友の皆様

お世話になります。「壮行会」準備委員会と申します。

紅葉が染まっている季節の折に、在日科大校友が都内ホテルで一堂に集まり、盛
大な「7805陳献先生昇任壮行会」を行いました。お忙しいところ、お越しい
ただいた科大先輩達及び在日生力軍の若葉科大校友に対して感謝の意と申し上げ
ます。

熱気洋洋な雰囲気の中で、若葉校友代表は、"USTCer同士友誼長存"という祈念が
込められる「陳献 研究室」の門牌を陳先生に渡しました。その後、皆様は陳献
先生を囲んで、お祝いの賀詞を交わしながら写真を撮りました。草々出来上がっ
た横断幕で、ちょっとシンプルと感じさせるかもしれませんが、懐かしい思い出
を伝えさせていただければと思っています。

乾杯の後、主賓としての陳献先生をはじめ、先輩から若葉にわたって皆様は暢談
しました。

まず、陳献先生は今回昇任の経緯と来日経歴ともをご紹介になりました。陳先生
は7805の校友で、科大で学部から卒業された後、出身地の福建省福州市に勤
めることになりました。好奇心、上進心の芽が心で生えていた陳先生は求知欲も
止まりませんでした。当時からも「伝奇人物」と呼ばれていた戴志堅先生のご紹
介で来日しました。これから東大博士学位を取った後、三菱重工研究員、東大助
教授を経て、今回九州大学医学研究院教授になりました。これまでは、旧帝大で
教授としての中国人が鳳毛麟角の存在のため、このポストの獲得は陳先生の学術
力に対して、何よりの評価だと思っています。陳先生、おめでとうございます。
エピソードですが、戴先生が車で雪地出迎の一幕を語っているうちに、懐かしい
思い出を味わう表情ははっきり見えますね。

続いて、「伝奇人物」の戴先生の番になりました。なぜ「伝奇人物」という美称
が呼ばれているかのはやはり戴先生の伝奇経歴によることだと思っています。戴
先生は文化大革命後、第一界政府推薦奨学金の獲得者として来日しました。一腔
熱血為祖国の壮志ですが、当時政治改革が進まなかった環境で悪意の人に政治高
帽を被され、求学途中の3年目に中国に遣送されてしまいました。その後、科大
名人の銭臨照先生をはじめ、有志者達から救出され、科大で勤めることになりま
した。陳先生と同じように、求知欲を止めさせても止まれないその年代、再び来
日し、継続して勉強するようにしました。修士、博士学位を取った後、松下電送
を経て、キャセイ・トライテック株式会社を設立し、今現在に至って、同社代表
取締役社長に勤めています。非常に曲折な経歴ですが、戴先生は笑いながら暢談
しました。その「笑傲江湖」の気勢は私達若葉の校友にとってもすごく魅力的に
感じて、大変感心しました。

次は第一界国費奨学金の獲得者として来日された宋亦周先生のご自己紹介になり
ました。宋先生は科大を卒業された後、8年間母校で働きました。当時国費奨学
金は24人の定額で、うち3人の額は中国に配られました。宋先生は3人の1人でし
た。それに、東大教授の有力な推薦で、奨学金候補者として文部省の閣僚らに周
知されたのは当時宋先生しかいなかったそうです。現在では、真空成膜領域にお
ける世界一のシンクロン社開発部部長として、技術開発をなさっているうちに、
母校科大での人材育成及び中国での市場開拓などの事業にも熱心に推進していま
す。

次に、うち科大第一番目の放送局の創始人の謝聞全先生のご自己紹介になりまし
た。当時情報封鎖の時代に、謝先生は市場からトランジスターを購入し、自ら放
送局を作り、サービスとして周りの友達に放送を始めました。当時電子顕微鏡が
こんなに安易に入手できなかった時代に、うち科大唯一の電子顕微鏡が壊れてし
まいました。精密機械の輸入が封鎖されるため、その電子顕微鏡については取り
扱い説明書一冊しかなかったです。謝先生が一晩かかってただ説明書を参照し、
翌日電子顕微鏡の故障部を見つけて修理を仕上げるのは当時科大の大話題になり
ました。聴衆としての私達若葉の校友は謝先生の堅実な基本功と優れた動手能力
に大変感心しました。現在では、謝先生はキャセイ・トライテック社の取締役と
して、戴先生と一緒にソフトウェアの発展を推進しています。

続いて、日本学界に驚かせた範立先生のご自己紹介になりました。範先生は来日
以降、東大大学院で勉強し、博士学位を取った後の暫く間、山盛な実績で助教授
に昇任されました。4年前、35歳の若さで富山大学の教授になり、当時日本一番
若い教授でした。範先生のM2の時に、一篇の論文で日本産学界に嵐を吹かせ、
学生に対する産業界最高奨を獲得したのは当時日本での大話題になりました。現
在では、範先生はロマンチックな日本海側における富山大学で学科帯頭人などの
重要役に担当され、産業界と学界へ貢献しています。今回の壮行会に対して、範
先生はご多忙を置かれ、わざと富山から東京にお越しになり、準備委員会のメン
バーとしても大変感動いたしました。本当に有難うございました。

最後にご発言になるのは牛亜平先生です。牛先生は謙虚で自分のことを軽描淡写
しましたが、戴先生の補充発言を通して、非常に優しく、頼られる方で分かりま
した。牛先生は国費留学生として来日して、まだ学生時代に戴先生と共同に起業
しました。当時起業資金不足で、自分のポケットから慷慨解嚢の行為を取り、事
業部としての賃貸を支払いなど、戴先生と一緒に苦難を乗り越え、現在のキャセ
イ・トライテック社まで発展させる重要な功臣です。

若葉校友として、東大の趙濤さん(M2)、東大生研の劉雪峰さん(M2)、国立
情報研究所の杜平さん(D2)、及び電通大の小生段志輝(D2)は出席しました。
皆さんは自分が現在やっている研究などをご在席の先輩達にも紹介しました。準備
会を担当する東大の範偉さん(D2)は相生で緊急研究支援をやっているので、や
むを得ず欠席しましたが、壮行会の前夜、相生のほうから小生に色々と交待して
、非常に感動しました。

壮行会の最後に皆様は争先恐後に用意されたUSTC校服に署名しました。わずかな
言葉をT-shirtsに残しましたが、"USTCer同士友誼長存"という祈念が一枚校服に
深く銘刻されると信じています。このUSTC校服のエピソードですが、まず東京か
ら大阪にいる校友に郵送しました。関西校友たちの署名が済んだら、再び東京に
返送してもらうという形で署名を続けるようにしました。企画の疎漏で、郵送の
日付を怠ってしまい、名古屋、浜松までなど郵送できませんでした。その辺の校
友達は是非ご容赦ください。

ここで、大きなサービスで上海料理を提供してくださった徐暁波さんにも心から
感謝します。

最後に、壮行会の出費を報告します。徐さんのおかけで、56,170円の総出費にな
りました。申し上げなければならないのは、先輩の校友達が予定を超えて遥かに
大きな分をご負担いただきました。大変感謝させていただきます。それで、使い
切れなかった分については皆様とご相談したいと思いますが、これまでは、校友
会活動積立金はないので、残した分はその支援金としてご管理させていただいたら
よろしいですか?

長い報告書で、申し訳ないですが、ご多忙中、ご一瞥いただければ幸いと思って
おります。

以上、ご報告申し上げます。下記のリンクは壮行会の写真で、ダウンロードのこ
とをお忘れないでください。
http://www.w-one.ice.uec.ac.jp/~duan/temp/20051126-ceremonyparty.zip

「壮行会」準備委員会


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